供として連れてきた若い兵の報告がベインと宰相ジークの耳に届いたその時
ぐらりと地が震え、うすい玻璃(ガラス)が割れるような音が辺りに響いた

「なっ!結界が!!!」

 

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「ベインさん、お客さんですよ」

「おぅ、トリアさんかい。 それはご苦労様! ついでだからそこの野菜持って帰りなよ」
「あら、いつもすまないねぇ。それじゃお客様、あたしはこれで失礼しますね」

庭先で籠を編んでいた手を止め、ベインと呼ばれた男性は客人を迎えに出る。

「……なんだ爺さんか。何年ぶりだ? まだ生きていたとはな。まあ入りなよ」

「ふん、久しく会ってなかった恩人に対しての挨拶がそれとは、お前も老けた以外は変わっていないようじゃの」

(姫様…?ってお姫様だよね?王様のこどもで綺麗なドレス着てお城で…)

そこまで考えたが、どうもルートの考える『お姫様』と姫様と呼ばれた
ディアナが上手く結び付かなかった

ルートの描くお城のお姫様は、つややかな髪を綺麗に結いあげ
身動きのとれなさそうな(豪奢な布地をたっぷり使ったとも言う)ドレスで
華奢な細い体を包んで羽のついた扇とか持ってる人だが…

目の前にいるディアナは、淡い金の髪はザックリと耳辺りで切られており
均整のとれた体つきに細身ながらもしっかりと鍛え抜かれた筋肉を持ち
羽の扇ではなく、少し大ぶりなナイフを腰に実用的な弓と弓矢を背負い
布地の少ないこれまた実用的な狩人の服装をした大きな女のひと、である

「説明は村に向かいながらにしよう。ディアナ」

「はいはい。ルート君、ちょっと急ぐからしっかり掴まっててね」

そういうや否や抱きかかえられディアナの腕の中に納まるルート。ラーナもいつの間にか彼女の肩に移動している。
そしてそのまままっすぐ村の方角に、道のない茂みに向かって飛び込んだ。

 

背の高い女性はそこまで言い…止まった 停止した 動かなくなった

瞳はルートをとらえ丸く開かれている

その空白の時間は一瞬とももっと長い時間とも思えた

 次の瞬間ルートは何故か彼女の腕の中にいた

 

「ディアナ…待て!」

ルートは切迫したラーナの叫びを聴いた…気がした

だがその声は、それを上回る女性のそれにかき消された

 

「キャー!!!!!カッワイイ!!!! 

 坊や、お名前は?ん?大丈夫よお姉さん怖くないからね! 

 あ、お姉さんはねぇディアナシュトラインって言うのよ 

 長いからディアナとかディアって呼んでね!」

 一息に続けられた言葉と突然の抱擁にルートはどうしていいかわからずに

そっとラーナを見た ルートの瞳は少し怯えていたかもしれない

 

「ディアナ…ディアナシュトライン!!」

 大きくはないが、存在感たっぷりのラーナの声が森に響いた

とたん、抱きつかれた時と同じく唐突にルートは自由になった

ディアナはあっさりまとわりつかせていた腕を解き

そっと地上にルートを降ろしてくれたのだ

 

 「あ、ごめんラーナついカッワイイ坊やが私を見つめてきたから

 早急に捕獲…じゃなくて抱きとめてあげないといけなくてね」

 「その癖…そろそろ改めてくれ…  

 あと、その少年はルート カルム族の子だよ」

「へぇカルムの子なのねぇ…って…  そう!そうなのよ!カルムの村にっ!!!」

そこでディアナは一息つき、続けた

 

 「カルムの村に、【グリーダナム】がいるみたいなの」

 「なっ?!【グリーダナム】だと…」

 

ディアナの話に驚愕した様子のラーナをきょとんと見ながら

そこまで大人しく彼ら二人の会話を聴いていたルートは不思議そうに尋ねた

 

「ねぇ、ねこさん…【グリーダナム】ってなに??」

(猫が喋った!)

猫。知らない動物ではない。
もちろんルートの住む村にもいる。村長の館や村の穀物庫で飼われている。
備蓄された食料を荒らす小動物を狩る事で人と共生する存在。

だが彼らと目の前の存在は明らかに違う。少年が知っている猫は喋らない。
「猫さん、どうして喋れるの?村にいる猫さんは喋らないよ?」

得体のしれないモノに対する恐怖心より幼さ故の好奇心が勝った少年の問いかけを受け、小さな体を優雅に揺らしながらルートの前までゆっくりと歩いてくる猫。

少年の時は緩やかに流れていた
小さな村の小さな家で
小さな彼は小さな世界に生きていた


嵐は突然やってくる
そんなこと少年は知らなかった


木々から漏れるキラキラとした光を
受けながら彼【ルート】は森の中を歩いていた
先日の誕生日でルートはやっと両手の指すべてを
合わせた年になり一人で森に入ることを許されたのだ

少し前まで許されなかったことが許されるのは
一人前と認めて貰えたようなくすぐったい嬉しさがあった

さんざん両親と歩いた道だが、今日はその道すら
初めて歩くような気分だった

そう一人で森を歩くといっても行く場所などは
限られている道なき道をゆくわけではないのだ
村人が手入れしている道、木に付けられた目印など
この年になるまでに繰り返し覚えた道
それを間違うことなどない

ルートは、目印と道を確認しながら森の奥へと進んでいく
そして目的地である泉についた

いつも来ている場所
いつもの泉
なにも変わらない...
だけど、なにかが今日は違った
ルートは、首をひねって周りを確認した

そして見つけた違和感の正体
泉のほとりに黒と白の塊があった 否、塊ではない
ソレは「猫」だった
黒地に白いマスクと靴を履きしっぽの先も白く染まった猫

その猫は、じっとこちらを見つめ
「珍しいなカルム族の子供か?」
と、言った

(猫が喋った!)